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ボランティア活動報告

2011.08.16

 8月1日から7日まで、釜石市の駒木山不動寺をベースに、震災ボランティア活動をしてきました。高野山大学から派遣される第1班でもありました。日程の関係か、学生の参加はなく、私と奥山先生の二人でのボランティアでしたが、その分フットワークよく多方面での活動や情報収集ができました。

以下その報告です。

要約:
 瓦礫の片付けはそれなりに進んでおり、釜石地区の社協によるボランティアセンターの活動も仮設住宅における家具の移動などの作業が増えている。地域によっては、瓦礫の片付け作業にボランティアを入れることは、被災地の人びとの有償での仕事を奪うことにつながるという意見もあった。これから仮設住宅への移動が完了してゆくに連れて、仮設住宅における孤立化を防ぐための活動が重要性を帯びてくる模様である。
多くの団体が被災地でさまざまな活動を展開しているが、お互いに何をしているかを知らないことが多いため、そうした諸活動をつなげて、地方自治体の活動に結び付けてゆくためのネットワーカーが必要だと思われた。

活動内容:
8月1日:
 午前3時に山梨の家を車で出発し、午後4時過ぎに釜石市の不動寺に到着。6時に釜石駅に奥山先生を迎える。

ファイル 45-1.jpg 8月2日:
 社協のボランティアセンターにて、午前中は仮設住宅の家具の移動、午後は半壊ビルの瓦礫撤去作業を行う。移動作業では、家具に傷をつけてしまうことに対するクレームの厳しさが伺え、被災者の怒りの吹き出し口に立たされる市の職員の難しさを感じた。瓦礫撤去作業に参加している地元のボランティアさんたちは、口が重く、それぞれの思いがあるようであった。


8月3日:
 午前中に、カリタスジャパンにU氏を訪問して、これまでの活動について話を伺い、カリタスジャパンのメンバーに加えていただいて、仮設住宅の談話室における茶話会(お茶っこサロン)の活動に参加させてもらえることになる。午後は、心のケアに関するフィリアというチームの茶話会のメンバーとして、主に子どもたちといっしょに遊ぶボランティア活動をする。

8月4日:
 平田仮設住宅第2号における茶話会活動に参加。ビラをもって戸別訪問をするが、このときにいろいろなお話を伺う機会が得られた。
 その中でも、不眠の訴え、職を探す厳しさ、畑作業をすることによって心が慰められることなどの情報が印象に残り、それにどのように対応してゆくかに関して、シートにアイディアを記入して提出しておいた。

8月5日:
 早朝の散歩で、巡回中の大阪府警から派遣されてきた警察官と話す機会が得られた。警察も仮設住宅をまわるそうで、自治会長さんからいろいろな情報が得られるのではないかとのこと。保健師ルートから上がってくる情報と、警察ルートから上がってくる情報を総合して、ハイリスクの人に対するサポートを考えるシステムができればと思う。仮設住宅の談話室における茶話会情報を回覧板で回してもらえばとアドバイスをもらう。
 平田仮設住宅第1号における茶話会活動に参加。戸別訪問で話をしてくれた人の何人かが茶話会にも顔を出してくれた。めかぶやわかめの種付けを終えられたと言う漁師さんたちの話、海の仕事から製鉄所の仕事に移り、神楽の太鼓を叩き、カラオケや盆栽作りに生きがいを見出したという男性の被災前後の話、女性たちの愚痴がこぼせてよかったという声がありがたかった。この日は、野外での足湯も行われた。
 夜、橋野地区でボランティアセンターを主催するT氏を訪問。被災した根浜地区で有名な宝来館という有名な旅館の長男さんと出会う。彼は、仮設住宅からボランティア活動にも参加していると言う。T氏とU氏とが出会える場をセッティングしてもらえるようにお願いする。

8月6日:
 根浜地区宝来館訪問。海に沈んでいる瓦礫を引き上げるボランティアに来ているNOP団体代表から話を聴く。
 大槌町を視察。小槌神社のM宮司から話を聴く。千五百件ほどの氏子があり神主専業でやっている。津波から免れたため、多くの取材やお守りを求めに来る人があると言う。流された大神楽の獅子が戻ってきて、9月の祭りを行うことを決定したという。
 小槌神社の前で宮大工をしていたKさんと出会い、瓦礫の中から観音さんが見つかったのでお祭りしたという話を伺い、読経。大神楽の話をしてみると、昨日平田の仮設住宅でお話を伺ったIさんと同級生とのこと。二人がつながってよかった。
 山田町社協のボランティアコーディネーターSさんからお話を伺う。ご自身も被災され仮設住宅から通っているとのこと。仮設住宅に関しては市と社協との間にギャップがあり、談話室の使い方などに関して具体的な見通しができるのは9月以降だろうとのこと。
 仮設住宅の掲示板に、移動のボランティアや介護のレスパイト(一時的休養)に関するボランティアのお知らせが貼ってあったが、社協は関知していないとのこと。タクシー会社との競合問題もあるらしい。
 あるNPOから依頼を受けてヘリコプターで浮上してくる遺体を探す仕事をしている操縦士と整備士さんからお話を伺う。海水温が上がるにつれて、海底の泥の中に埋まっている遺体が浮上することが多くなってくるとのこと。先日上がったご遺体は、まるで時間が止まったかのようにそのままの状態で浮かんできたそうだ。
 小本の水門付近では、以前に津波の被害を受けた所は助かったが、水門で跳ね返された水が流れ込み、これまでは被災しなかった地区が被災したため、「水門津波」と愚痴をこぼしているという。
 真崎港の被災地で釣りをしていた漁師さんは、温暖化による海面上昇も今回の被災を大きくしたのではないかとお話された。

8月7日:
 午前4時に不動寺を出発、午後6時に帰宅。

以上

2011.8.16

「保護者の方へ」(リーフレット第3弾)

2011.07.07

Japan Tsunami Grief Support Projectから
心のケアに関する情報の第3弾です。

被災された保護者のみなさまに向けた情報です。

お役に立つようでしたら
ご自由に掲載、転送、配布などしてください。

「保護者のみなさまに」

現地の声を聴いて

2011.07.06

6月6日から9日まで
仙台から釜石まで
避難所や支援センターなどを訪ねながら
被災地の声を聴いてきました。

その報告です。

視察報告
(6月6日~9日、仙台市、石巻市、南三陸町、釜石市にて聴き取り)

 「心のケア」という視点で被災地に赴きましたが、現時点での「心のケア」は、全体的な生活支援を通して有効になるものだと痛感いたしました。

 津波被害のあまりのすさまじさに、泣くだけ泣くしかないなぁという気持ちになり、何度も泣きました。

 津波遊びをしている子どもを見かけたときなど、できればその場にしばらく留まってかかわりたいと思いながらも、一緒に遊んでくれているボランティアさんに声をかけ、やりきれなさをかかえながら次に移動するといった連続でもありました。
 「あなたが直接来てくれるのですか?」という問いもありました。

 外部からのボランティア、現地の支援者、被災者でありながら救援活動に携わる人びとからの情報やニーズにこたえる体制を構築し、彼らのケアを含めて「心のケア」について長期的な取り組みをしてゆく必要があると思います。

 現地で活動する臨床心理士やカウンセラーさんたちとのミーティングでは、次のようなお話を伺いました。
被災は半壊や部分的損壊であっても、「何かしなくてはいけないが、何もできないでいる」といった思いでうつ状態になって苦しんでいる間接的被災者が多い。
自らが被災者でありながら、躁的防衛と思われるほどに過剰なまでにボランティア活動に入れ込むことによって身を保っている人もいる。
被災者の間では、「あの人に比べたらまだ私の被災度は・・・、」といった比較をすることで、お互いに正直な思いを語れない状態に至っている。
分かれた前夫の遺体と子どもとたちを対面させる過程におけるさまざまな苦悩。泣く娘、冷静に情報を記録する娘など、子どもたちのさまざまな反応。こうした状況を通して浮かび上がってくる家族のコンステレーションがあった。
沿岸部(主に漁業従事者)と内陸部での反応の違いが大きい。沿岸部では同じ場所に住み続けたいという希望が過半数を大きく超えている。
心理相談の場においても、葬儀や供養に相当するような儀礼的なことができるとよいかもしれない。

 南三陸町で、行政の手の届かない所に非難している人たちの救援活動をされている被災者Mさんのチームからは、3ヶ月が経ち死亡証明書が発行されると、百か日を大切にする地方なので葬儀が増えるだろうが、喪服がないこと。流されてしまった太鼓があれば、子どもたちに伝統をつなげたいという希望などを話していただきました。チリ津波のときに作った「津波復興太鼓」があるのだそうです。喪服や太鼓の提供を通して、少しでも心のケアにつながればと思います。

 心のケアというならば、子どもたち、特に親を亡くした子どものケアをしてほしいという被災地の声がありました。

 仮設住宅が設置され、抽選によって入居が進められていますが、生活支援の打ち切りや孤独化に関して多くの不安をかかえてストレスになっている様子です。仮設住宅への移動を支える物的支援体制や、移動後の戸別訪問による孤立化の予防など、行政や市民団体などと協力して対応を進める必要があります。

 瓦礫撤去や遺体捜索に携わる自衛隊員の中に相当なストレスが溜まっているようです。ねぎらいの言葉かけなどを含めて、彼らに心のケアが提供されるような体制作りにも心を配る必要があるでしょう。それがまわりまわって国民全体に還元されてゆくように思います。

 行政や政治家たちへの不満が高まっています。彼らへのケアを含めて、怒りの管理に関する取り組みも必要だと思われます。

リーフレット第2弾です

2011.05.12

Japan Tsunami Grief Support Projectから
被災した児童・生徒に関わる先生方へのリーフレットが出来上がりました。

お役に立つようでしたら
転送、HPやブログへのアップ等
ご自由にお使いください。

「被災地区から来た児童・生徒に関わる学校の先生方へ」

支援者用注意事項一覧

2011.04.21

被災地にボランティアなどで赴く方々のために
心にとどめておいてほしいことをまとめてみました。

複雑性悲嘆研究者などのみなさんと
Japan Tsunami Grief Support Projectを立ち上げ
その第一弾です。

これからいろいろなバージョンと
詳しいマニュアルなどを作ってゆく予定です。

「支援者用注意事項一覧」

存在を提供すること

2011.04.03

今回の震災を私は山梨で体験した。
1歳8ヶ月の息子の子守をしている最中のことだった。

山梨は震度5弱であったが
強く長い揺れの体験は、私にとっても人生で初めてのものだった。

幸い、私達の部屋では何も壊れず
妻も無事外出から返ってきた。

その後、山梨でも子どものおねしょや夜泣き、
甘えやしがみつきといった退行現象が表れたという報告が出てきている。

子どもにとってあの揺れは相当なショックだったに違いない。

それに加えて、連日報道される震災関係のニュース・・・

大人がテレビをつけっぱなしにしてニュースに気をとられて不安になり
子どもの存在を忘れてしまうと
子どもは余計に不安になってしまうのかもしれない。

情報に圧倒され感情的に被爆してしまい、
心の疲弊が伝播してゆくのだろう。

私も妻と夫婦喧嘩と相談を繰り返しながら
ニュースやインターネットを見る時間とタイミングを
工夫することに苦心している。

 お互いに相手の至らない点に目が行きつきがちなものだ・・(xvx;

でも、そうして少しでも子どもに
私達の全存在をそのまま提供する時間を作りたいと願っている。

自らの存在と純粋な注意をそのまま相手に提供すること
そうして相手の近くにしっかりと寄り添っていること
それがケアの基本なのだと改めて身にしみた。

被災地での子どものケアを考えるとき
子どもを持つ親の不安を和らげ
身体的に少しでも楽になるようなケアを提供することが
回りまわって子供のケアにつながるのだと思う。

そして、誰にでも
わがままを許してほしいという気持ちがあることを
忘れないでおきたい。

伝統をつなげる

2011.03.20

仏教で言う悟りの最初の段階である預流道に入るには次の3つの条件があります。

1.自分の身体を自分の持ち物で思い通りになるという思い込みを超越する。
(様々なご縁に生かされていたことに気付くことです)

2.社会宗教的な儀式や儀礼や監修の束縛を超越する。
(その場にあった新たな儀式や慣習を適宜創造できることでもあります)

3.外的権威に依存せずに自らを頼りとして試行錯誤する自己信頼が得られる。


こうしたことは、今のような状況でこそ求められるものではないかと思っています。

個人的状況であれ社会的状況であれ
その場に合わせて最適な流れを促進できる
ファシリテーター役を努める力に必要なものではないかと思われます。

いのちはどんな状況にあっても生きようとします。
そして、すこしでも幸せに生きようと。

執着を超えるとか、解脱するとか、悟るということは
どんな状況の中でも
そうしたいのちの働きに寄り添い見守ることを可能にするのだと思います。

自分自身が解脱しているからこそ、他者にも共感し寄り添えるのでしょう。

悲しんだり、絶望したり、怒ったり、落ち込んだりすることは
人間として当然だと思います。

ただ、自分を大切にしながら悲しんだりすることが難しいのでしょう。

悲しむ力を育む力につなげてゆく。

それがいのちの智慧なのではないかと思います。

メディアでも、今回のような未曾有の厳しい状況の中で
助け合いながら生きる術についての情報が流れ始めています。

スピリチュアルであるということは
日常的な言動の中に
本来のいのちの輝きを思い出してもらえるメッセージをこめて
実践して生きてゆけるということなのではないかと思います。

東日本大震災によせて

2011.03.16

3月11日、未曾有の災害が起こった。

地震、津波、そして原子力発電所の事故。

事故の進展状況いかんでは
日本の将来が壊滅的な影響を受けることになりかねない
重大な危機の中に私たちは置かれている。

不思議な偶然の一致か
昨日15日、神戸から複雑性悲嘆の研究者の瀬藤先生が
大学の研究室に訪問してくれた。

予定では、このような状況の中で会うことになろうとはお互いに
予想もしてはいなかった。

その後のメールの遣り取りの中で生まれたメッセージがあった。

スピリチュアルケアに関わる私自身の
心の痛みと搾り出した希望である。

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この日本の地に生きてきた私たちは幾度となく今回のような大きな災害で仲間を失いながらもいのちをつなげてきた。そうした悲しみや不安や絶望を生き延びるためのいのちの智慧の一部は伝統的な祭りや冠婚葬祭をはじめとするさまざまな儀式や儀礼をはじめとする助け合いの中に埋め込まれているはずだ。

そうした先人の智慧と勇気と思いやりの種を掘り起こし、今この時点における私たちの体験の中に蒔きなおしてゆくことが必要ではないかと思う。すでにそれを実践し始めている人びともいる。

科学や宗教、政治や経済、あらゆる既成の枠を超えて、この辛すぎる体験を生きぬいて新しい日本を創造してゆくためのつながりやネットワークを再構築する機会に変容させてゆこう。

今こそ、この日本の自然を愛しながら喜びと悲しみの波を乗り越えていのちをつなげてきてくれた先人たちの思いにつながりなおし、私たちのことを思ってくださる海外の方々の気持ちにも支えられ、地球という星の日本を意識して生きる道を探し出したい。

それこそが、今回の震災で犠牲になった人びとの思いに報いる道にもつながることを祈りながら。

お大師さんへのラブソング

2011.03.04

6年前に高野山に着たばかりの頃
山や海を歩き回り
大嶺の奥駆けを先達してもらい
なぜお大師さんはこの地を選んだのだろうと
身体で考えたものでした。

その頃生まれた歌「空よ海よ」を学生がビデオにとってくれました。
授業の製作だったそうです。

YouTubeにアップいたしましたのでご覧ください。

http://www.youtube.com/watch?v=Dtam0WxCMCQ

今年の冬

2011.02.24

今年の高野山は集中的に寒さに襲われた感じがする
駐車場の雪かきは運動不足の解消にうってつけ。

ファイル 36-1.jpg

寒さが厳しいとき、奥の院の氷が芸術的だ。

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新雪の積もった朝、
誰も歩いていない女人道の雪を踏みしめて散歩するのは
素晴らしい贅沢。

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輝く雪片

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轆轤峠の展望台

ファイル 36-4.jpg

光と影の美しさに感謝。

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